はじめに
世の中には完全差動アンプと呼ばれる回路があります。
いわゆるオペアンプの仲間なのですが、通常のオペアンプが正負の入力と1つの出力を持つのに対し、完全差動アンプは正負の入力と正負の出力を持ちます。
オーディオでいうBTLなどのバランスアンプに似ているのですが、これはあくまでもオペアンプですから高い裸利得を持っています。
さて、完全差動アンプにはちょっとした問題があります。それは出力DC電位の安定を通常のNFBに頼れないということです。
このようにNFBをかけた場合、NFBが働くのは正負出力間の電圧に対してです。
もしゲインを1倍に設定して正負入力間に1Vを入力すると、正負出力間の電圧が1Vになることは保証されます。ただし、それが5Vと6Vなのか、-10Vと-9Vなのかはわかりません。実際には極めてハイゲインのオペアンプのことですから、どちらかの電源電圧にへばりついて実用になりません。困りますね。
……ということにならないよう、完全差動アンプは出力中点の直流電位*1を内部で帰還し、中点電位を任意に設定できるようにしています。TIの資料に良い図があったので引用します。
全体的にはフォールデッドカスコードです。二段目の下側に注目してください。カレントミラー合成かな? と思ってしまいますが、これは定電流です。定電流に流す電流は出力中点からの直流帰還で制御されています。
よくできていますね。でも、けっこう難しそうな回路です。
ということで、これをシミュレーションしてみることにしました。
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シミュレーション
回路を以下に示します。
見ての通り、けっこうでかいです。左側の電圧源と抵抗が入力信号およびNFB抵抗で、右側のBSS84による差動アンプが中点電圧制御アンプ、その間にあるのがアンプ本体です。
制御アンプにバカみたいに大きなソース抵抗(3.3kΩ)を入れてゲインを殺していますが、中点に出てきた交流信号が帰還されて不安定になる対策です。ここにLPF等を入れてしまう対策もあると思いますが、資料が少ないのでどうするのが正解かはよくわかりません。なお、上のTIの資料では中点検出用の抵抗と並列にコンデンサを入れていますが、これは極めて疑問です(目的がよくわからない。本体のアンプが不安定になる以外意味がないと思いますが……)。
こういうところがちょっと厄介そうな回路なんですよね。
V(n015)は中点電位、I(R9)は直流帰還抵抗に流れる電流です。まあ、こんな動作になっていますということで。
制御アンプのゲインが弱いせいか、ちょっとオフセットが出ています。オフセットはゲインに反比例して減りますが、ゲインを増やしすぎると発振っぽい現象が起きます。
差動の抵抗(3.3kΩ)を100Ωにした場合のAC解析の結果です。3MHzあたりで怪しい挙動を示しています。この定数で過渡解析にかけると、元気に発振しています。
考えてみれば、中点電位の変動は正負の出力に同相で帰還される訳で、交流成分が残っていれば片方にとっては逆相、もう片方にとっては正相で帰還されてくる訳です。恐らく、本体の帰還で抑え込まれれば発振には至らないのでしょうが・・・
まとめ
アマチュアがディスクリートで組むには難しい、というのが率直な感想。ICを買ってくる分には良いでしょうが、あまりその辺では売っていないみたいですね。
完全差動アンプで実現できるのと同様の機能は他の方法でも実現できるので、素直にそちらを使えば良いでしょう。
- 抵抗負荷差動で済ませる
- オペアンプを2~3発くらい使って実現する
そんな訳で、今後私がこの回路を組むことはないでしょう。
*1:理想的に動作している場合、出力中点には交流成分は存在しないので強制的に直流になる