はじめに
通常、出力段にフォロアを持つタイプのアンプ回路では、電源電圧まで出力を得ることは困難です。
特に、正負2電源で動作させるような場合、レールツーレール(Rail to Rail)動作は極めて困難です。これは電圧増幅段の動作範囲で出力可能な電圧の範囲が規定されてしまうからです。
が、実はこの解決策は比較的単純だったりします。
出力段をインバーテッドダーリントン類似の回路(電流帰還型アンプ)とし、わずかな局所ゲインを持たせることが解決策です。
参考リンク
レール・ツー・レール出力のコンプリメンタリ電力ブースタ | CQ出版社 オンライン・サポート・サイト CQ connect
この方法についてシミュレーションを行ってみます。
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シミュレーション
まず最初に、ベース回路とする素のワイドラー型パワーアンプを作成しました。
一応オープンループゲイン特性を確認しておきます。
位相補償はもう少し詰められると思いますが、本筋ではないので無視します。
DCスウィープで入力を-15Vから15V(電源電圧と同じ範囲)で振ります。ちなみに全体ではゲイン2倍のアンプになっているので、確実にクリップします。
正負15Vの電源に対して、正負11Vの出力範囲といったところでしょうか。なおプラス側の端で下に下がっているのは、初段がクリップしてあぼーんするからです。
レールツーレール化の前に、安直に電圧増幅段の電源を正負5Vずつ嵩上げしてみます。
正負13.5V程度まで出力できます。これが4電源化で期待できる性能ということになります。
これはこれで悪くない方法だと思いますが、一定の回路コストを要します*1。
次に、レールツーレール化した回路を示します。
見ての通り、出力段で局所ゲインを稼いでいます。なお、出力段の入出力のノードの電圧は次のようになっています(AC解析)。
出力段には2.1dB程度のゲインがありますが、実はそこまで大きいゲインは実用上必要ありません。元の電源電圧にもよりますが、1dBもあれば十分だと思います。わかりやすさを重視してゲインを高目に設定しています。
また、高周波にピークが出来て発振寸前になっていることにも注意してください。これは、局所ゲインのためにインバーテッドダーリントンの帰還量を減らした結果、出力段そのものの高周波特性が悪化して位相余裕が減少した結果です。この現象は必ず発生するので、レールツーレール型の回路の設計では気を遣ってあげる必要があります(そもそもインバーテッドダーリントンをNFBループの中に入れること自体、かなり気を遣う必要がありますが)。今回は本筋ではないのと、シミュレーション上発振には至らないようなので無視しますが、位相補償等で適切に手当してあげる必要があります。
DCスウィープの結果を以下に示します。
例によってプラス側の反転はご愛嬌。それより、クリップ電圧に注目してください。
ほぼ正負15V出力できています。これはレールツーレールの力で、更にMOS-FETを使ったことによる効果も加わります。MOS-FETはドレイン・ソース間電圧がほぼ0Vでも、飽和領域で電流を流すことで動作できるので(スイッチになって導通しているようなもの)、このような出力が可能になります。BJTではこうはいかないでしょう。
ということで、このような構成の回路にすれば、単純な2電源のアンプから最大限のパワーを絞り出すことが可能になります。BTLと組み合わせるとなお良し。
えっ、そこまでするなら素直に4電源にする・・・?
まとめ
レールツーレール型の出力段についてシミュレーションを行いました。
レールツーレールはオペアンプ等で使われる効果なテクニックと認識していましたが、シミュレーションしてみると既知の回路の組み合わせであることが実感できました。そして、電源電圧をフル活用できるこの方式のポテンシャルも理解できました。
低電圧動作させるヘッドホンアンプなどに向いているかもしれません。
*1:ただし倍電圧整流等を使えば2電源と同じトランスで実現することは可能です